10月最後の木曜コンサートは古楽界に旋風を起こしたソプラノ歌手 佐藤裕希恵さんと長く古楽界を牽引しているリュート奏者 つのだたかしさんのデュオコンサート。お二人がヨーロッパで歌い継がれた美しい古歌を、時を越え 国を越えて奏でる一夜です。さきがけて、お二人の親密なアンサンブルを作る秘密に近づき、本公演がどのような趣になるのかなどをお尋ねしてみました。どうぞお楽しみくださいませ(文中一部敬称略)。
つのださんにお尋ねします。つのださんは波多野睦美さんをはじめ素敵な歌手の方たちとの共演を重ねて、また紹介もされていらっしゃいますが、今回のパートナー佐藤さんとの出逢いはどのようなものだったのでしょうか。また、その時の印象をお伺いしたいです。
つのだ:佐藤さんとの出会いは2010年だったか。イタリアの名ソプラノ、ロベルタ・マメリのマスタークラスにスイスに留学する前の佐藤さんが参加した時でした。私は受講する歌い手のリュート伴奏をしていたわけですが、そういう時に歌い手の息と音楽を一番感じることができます。あ、この人は特別だ、と感じました。
佐藤さんは2017年にヨーロッパから帰国されてから素晴らしいご活躍でらっしゃいます。昨年11月に行われたハクジュホールのつのだたかしさんとテオルボ奏者 瀧井レオナルドさんとの三人の公演でも、佐藤さんののびやかな歌声、ナチュラルで瑞々しい表現と演奏に驚かされました。古楽を歌うのに必要な声、自由な表現はどのように生み出されているのでしょうか。歌との出逢い、古楽をはじめたきっかけなどを含めてお話いただけたらと思います。
佐藤:元々はミュージカルがきっかけで歌を始めました。声楽科時代に自分の興味と声に合うものを探している内に古楽に出会い、気づけばどっぷり浸かっていました。どんなジャンルのものを歌う時も、根底には常にお芝居をしていた時の感覚が潜んでいるように思います。
佐藤さんにとってのつのださんの〈リュート〉、つのださんにとっての佐藤さんの〈歌〉はどのような存在ですか?
佐藤:“ずっとそこに居てくださった”存在です。まだ留学前の2010年頃、ロベルタ・マメリさんのマスタークラスで歌った時に弾いてくださったのが初めてお会いした日だったと思います。古楽を始めた頃よく聞いていたマメリさんや波多野さんのCDで聴くつのださんのリュートは、ヒヨヒヨの学生だった私のそばにずっと在りました。実際にお話をするまでは雲の上の方のようにも感じていましたが、飾らずにリュートを愛おしむ音色はとても安心させてくださいます。
つのだ:今回デュオのコンサートをするのをとても楽しみにしています。歌とリュートでどんな対話が生まれるのか、ドキドキしています。
この時世に、本公演のような、いにしえの世界の音楽に触れて、その中に聴く方が美しい欠片を発見する機会はとても大切なもののように思います。本公演〈古歌巡礼〉にお越しになる皆様にメッセージをお願いします。
佐藤:古い時代の作品を演奏するとき、いつも“今を生きる私たちが何を感じるか”を大切にしています。何百年も前に書かれた歌だとしても、愛も祈りも、人の本質はそう変わらないと思うんです。聴いてくださる方が何を感じるか。歌う瞬間私は何を感じるか。深く考え過ぎずに、純粋に音色と言葉と“今”を楽しんでいただければ嬉しいです。
つのだ:このような小さなサロンの空間でこそ感じられる、消えていく音の美しさ、そのあとの静寂を聴き届けていただけたら。
個人的な興味なのですが、演奏活動でお忙しい日々を送られているお二人が、お休みの日になさるお疲れを癒すリラックス方法を教えてください。
佐藤:オンオフを切り替えるのがとても苦手で…家にいるとつい仕事ばかりしてしまうので、強制的に出かけたりします。年季の入った登山靴で土を踏みしめながら山を歩くのが好きです。奥多摩が好きなのですが、遠出できない時は近所の緑地に行って、木々を眺めながら散歩するだけでも幸せです。
つのだ:夕方になったら、キリリと冷やした辛めの酒を少し大きめの焼き締めのぐい飲みに注ぐ。肴は季節の魚でも。
ありがとうございました。お人柄にも触れ、お二人の創り出す世界に少し近づくことができて嬉しいです。歌とリュートの親密で美しいアンサンブルが、静かに、色彩豊かな熱を持って、胸にそっと沁み込んでまいります。秋の宵の特別な音楽時間となるでしょう。どうぞお見逃しなく。
コンサート情報
アーク紀尾井町サロンホール主催シリーズ 木曜コンサート
古歌巡礼 ― 中世スペインからイタリアバロックへ リュートと時を越え 美しい歌を訪ねて
2021年10月28日 木曜日 19:00開演
全自由席:前売一般4000円 学生2000円(25歳以下・要学生証) 完売御礼
チケットご予約 ◎ダウランド アンド カンパニイ 完売
TEL.042-390-6430 https://dowland.info info@dowland.info
■プロフィール
佐藤裕希恵 ソプラノ
東京芸術大学声楽科卒業、同大学院古楽科修士課程修了。2011 年よりスイス、バーゼルのスコラ・カントルム修士課程で学び、更なる知見を深める。国際古楽コンクールCanticum Gaudium 第1位(ボズナン)始め受賞多数。バロック・オペラのほか、ヘンデル『メサイア』、J.S.バッハ『ヨハネ受難曲』などに出演し、世界屈指の古楽演奏家、アンサンブルと数多く共演して高い評価を得る。リュート奏者・瀧井レオナルドとのデュオ《ヴォクス・ポエティカ》としての活動も注目されている。桜美林大学非常勤講師。
つのだたかし リュート
1970年代に古楽研究の中心地の一つであったケルン音楽大学リュート科で学ぶ。長年にわたる音楽活動の中で、独奏に加え、歌とリュートとのアンサンブルに力を注いできた。エマ・カークビー(S)、ロベルタ・マメリ(S)、エヴリン・タブ(S)、波多野睦美(MS)他の名歌手と日本、英国他での公演、音楽祭で共演。シェイクスピアの舞台や映画音楽も手がけ、この時代の音楽の魅力を広く紹介。古楽器バンド《タブラトゥーラ》主宰。CD作品多数。
■プログラム
13c. スペイン 聖母マリアのカンティガスより(アルフォンソ10世編)
16-17c.イギリス 悲しみよ内にとどまれ(ダニエル)あの人が泣くのを見た(ダウランド)
17c.フランス 愛する人の影(ランベール)静かな一日(ル・カミュ)
16-17c.イタリア 主を讃えよ(モンテヴェルディ) 暴君のような簒奪者(サンチェス) 他
主 催:アーク証券株式会社・紀尾井町サロンホール運営事務局
協力・お問合せ:ダウランド アンド カンパニイ